あせっては駄目

その日、TABIママは朝からイライラしていた。
個人的なことで腹の立つことが続き、しかも2,3日忙しくて全く自分の時間がとれずストレスが限界に達していた。

バタバタと仕事をかたずけ、何とかTABIの散歩の時間をひねり出した。まずフロントヤードでクラスで習った "Heel" を練習する。20メートルほどの距離を行ったり来たり。それから散歩に出た。

いつもは朗らかに話しかけながら歩くTABIママだが、今日は無言でズンズン進む。TABIは、どうしたの〜?というように時々ママの顔をのぞきこむ。

帰り道、家まであと少しというとろこに来たら、近所の子供たちがストリート・ホッケーをして遊んでいた。道路にホッケーのネットを置いて、ボールをパック代わりにして遊ぶものだ。車の通る道でそんなことして、危険きわまりないと思うのだが、アイスホッケーが国技みたいなカナダでは伝統的遊びなので、おまわりさんも黙認している。

それまでおとなしくついて歩いていたTABIが、子供を目にした途端、ダッシュ。子犬と思えない力でリードを引っ張り、TABIママの手からリードがスポンと抜けてしまった。TABIは、ホッケーチームに乱入し、キャーキャー大騒ぎする子供たちに飛びついて回る。

「TABI!!おいで!!!」
TABIママの怒号が空気を引き裂いた。TABIは耳を垂らしてトボトボとママのもとへ戻る。ホッケーチーム一同もシーンとして、映画のストップモーションのように静止したまま。

TABIママは、TABIのあごの下から首輪をつかみ、どなった。
「どうして駆け出したの?!そばについてなさいって言ったでしょ!駄目じゃないの!」
この時のTABIママは、きっと不動明王のような形相で炎のようなオーラが背後にメラメラと出ていたに違いない。TABIは道路上に平目のように平べったくなって動かない。そんなTABIをズルズル引きずりながら家に戻った。

家に着くとTABIは、玄関のタイルの上にペタッと平べったくなって動かない。外が暑かったので、涼をとっているのだろう、と思った。今までにもこんなことがあったからだ。しかし、その日は夜になっても動かない。エサも食べない。TABIは、とうとうそこで夜を明かした。

翌日になってもそのままだった。
やさしい声で呼んでも来ない。やはりエサを食べない。TABIママは、トレーナーに電話で事情を説明した。

「それはあなたがいけなかったわね。イライラしている時は、決して犬を躾ようとしては駄目。必要以上に犬につらくあたってしまうから。そういう時には、訓練のことなんか考えず、自分の気持ちが落ち着くまで待つこと」

「TABIはボーダーの血が入っているから、繊細なのね。必要以上に厳しく扱われたことがショックだったのよ。ボーダーは、飼い主の態度がフェアかそうでないかを見ぬく賢い犬だから、気をつけないと。『おいで』と言って戻って来た時点で、それ以上叱らなくても良かったのよ」

なるほど、そうだったか。
でも、クラスであんなによく言うことを聞くTABIが、どうして子供の姿を見た途端駆け出したのか?そこのところがTABIママは納得できなかったのだ。

あせっちゃ駄目よ。TABIはまだ1歳にもならない子供なのよ。静かな体育館でできることが、刺激の多い外の世界でできなくても、それは普通よ。あせらず、根気強く教えていくことが大切」

トレーナーはそう言って、今日から2,3日は訓練はお休みにしてTABIと思いきり遊んでやること、スキンシップをはかって「ママはもう怒ってないよ」とわからせること、とアドバイスしてくれた。そして、それで駄目ならまた連絡するように、と言って電話を切った。

早速TABIの好きなボール投げをして遊んでみた。TABIは、初めのうちトボトボとボールを追うだけだったが、そのうちいつものように思いきり走るようになった。カウチで一緒にお昼寝もした。そして、その日の夜にはエサに口をつけるまでになった。翌日には、すっかりもとのTABIに戻った。

この一件を機に、TABIママはTABIの扱い方に気をつけるようになった。まだまだ相手が赤ちゃんだと思っていたが、いつのまにかこちらの態度の正当性を判断するまでに成長していたのだ。言葉が通じないからと赤ちゃん扱いしてバカにしてはいけない。小学生の男の子を諭すつもりで対応しないと駄目なのだと思った。

しかも、あせらず根気良く、だ。

(2002年9月27日)

応用へ  卒業式へ

banner ホームへわんちゃん学校トップへ

Copyright 2000 to Infinity, superpuppy.ca